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二度と痛ましい虐待事件を起こさないために

過日、三浦中央医院の院長・瀧端正博医師が認めた「施設内虐待の防止にご協力下さい」という文書を人づてに頂戴した。三浦市内の特別養護老人ホームで発生した「虐待事件」を念頭に置いたものだ。そこに書かれていることが仮に事実だとするならば、痛ましい限りである。一方で、我が身に想いを馳せずにいられなかった。当法人における虐待防止システムが本当に機能しているのか―漠然とした不安に襲われたからである。
私は、各所属長に対し早急に自己点検するよう求めた。そして、毎日新聞論説委員・野沢和弘氏の著書「 Sプランニング ブックレットシリーズ3/なぜ人は虐待するのか―障害のある人の尊厳を守るために―」に書かれた「いつも、ささいなことから始まるのです。抑制心がなくなったときから、いわゆる『連続性の錯覚』に陥るようになります。ささいなことが、ささいではなくなり、しだいに権利侵害の悪質さは増していき、虐待へと発展していき、それに対して心が痛まなくなるのです。ささいな行為からひどい虐待までが連続しているから、本人はいつまでもささいなことだと錯覚してしまう。それを、『連続性の錯覚』と呼びます。」という一節を思い出していた。

 ヒューマンサービスを提供するにおいて、この「虐待」の問題は、決して他人事ではない。私は知っている。虐待はどこにでもあるということを。普段は普通の顔をした人が、ある日突然虐待の加害者になってしまうということを。そして、自分自身が権利侵害者になる可能性があることも。だからこそ、虐待事件を起こした「特別養護老人ホーム」を一方的に非難する気にはなれない。
 ただ、今回の事件に対する真摯な検証は不可欠だと考えている。どうしてこのような事件が発生してしまったのか―そのメカニズムを解明することは、事件の当事者である「特別養護老人ホーム」のみならず、我々介護サービスを生業とする全ての事業者に課せられた責務だと思うからだ。それもこれも全て、二度と痛ましい虐待事件を起こさないための措置である。我々は、今回の事件を教訓に、虐待の発生を防止するための「仕組み」を創りあげなければならない。いうなれば、「三浦市型虐待防止システム」の構築である。今回の事件によって一様に失ってしまった介護保険事業者に対する信用を、高度な「虐待防止システム」を構築することによって取り戻し、従前より高い水準で維持するための取り組みである。

 そこで、僭越ながら、以下の点について、保険者たる三浦市に提言したい。

1 介護保険事業者向け説明会の開催
今、介護の現場は大変混乱している。三浦中央医院の院長・瀧端正博医師が認めた「施設内虐待の防止にご協力下さい」という文書が、広く流布してしまった以上、早急に事の顛末を市内の介護保険事業者に対し説明する必要があるのではないか。憶測が憶測を呼ぶ今の状況を早期に打開するために必要な措置だと考える。

2 コアメンバー会議の開催
高齢者虐待防止対応マニュアルによると、虐待の事実認定は、市町村が開催するコアメンバー会議でおこなわれることになっている。虐待の加害者とされる施設側が、虐待の事実を認めていない以上、公平性、中立性を保つためコアメンバー会議を開催し、三浦市として意思決定をすべきではないだろうか。決して手順を間違えてはいけない。また、今からでも遅くはない。担当者が被害者と施設の板挟みにあって、心を痛めるような事態は避けなければならない。

3 地域ケア会議の開催
地域ケア会議は、高齢者個人に対する支援の充実と、それを支える社会基盤の整備とを同時に進めていく、地域包括ケアシステムの実現に向けた手法である。
具体的には…

①医療、介護等の多職種が協働して高齢者の個別課題の解決を図るとともに、介護支援専門員の自立支援に資するケアマネジメントの実践力を高める。
②個別ケースの課題分析等を積み重ねることにより、地域に共通した課題を明確化する。
③共有された地域課題の解決に必要な資源開発や地域づくり、さらには介護保険事業計画への反映などの政策形成につなげる。
  
…といった役割がある。この地域ケア会議で、今般の「虐待事件」を検証し、再発防止や「三浦市型虐待防止システム」の構築に繋げるべきだと考えるがいかがか。

ともあれ、今般の「虐待事件」において、被害者は訴訟や刑事告発も辞さないとしている。こうした一連の行動が指し示すように、被害者側は、少なくとも加害者たる「特別養護老人ホーム」の対応(あるいは説明)に満足していないことは明らかだ。施設という密室の中で、一体何が起きたのか?被害者が真実を求めるのは当然のことだろう。
 繰り返す。全ての介護保険事業者は、今回の一件を決して他人事のように捉えてはならない。いつ、自身の事業所で起こってもおかしくないのが「虐待」なのである。自己点検の実施は言うに及ばず、職員の健康管理や満足度の測定に至るまで注意を払わなければならない。手前味噌ではあるが、当法人では、昨年度より神奈川県が提唱するCHO構想(注1)の推進に取り組んでいる。それに合わせてウィリズム(注2)も導入した。まだまだ適正な運用をおこなっているとは言い難いものの、ヒューマンサービスが抱える職員のストレスを思えば、手を拱いているわけにはいかない。私は、こうしたささやかな取り組みがいずれ実を結ぶと信じている。

社会福祉法人三浦市社会福祉協議会
常務理事 佐 藤 千 徳


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注1=「CHO構想」とは、企業や団体などが、従業員やその被扶養者の健康づくりを企業経営の一部として位置づけ、経営責任として従業員等の健康マネジメント、いわゆる「健康経営」を進める取組みである。その組織経営のために、組織内に「CHO(健康管理最高責任者)」の職を設け、CHOを中心に、ICTによる組織や個人の健康状態の見える化などを通じ、取組計画や目標を設定し、計画的に取り組むものである。

注2=Willysm(ウィリズム) 社員のモチベーションと組織の生産性向上を目的としたモチベーションマネジメントシステム。社員や組織の気持ちが見える、健康経営促進、ポジティブ組織化、生産性向上、離職率低減を目指す。